「本当にこれでいいのか」と考える。

  • 2013.09.10 Tuesday
  • 20:12
閲覧注意:このブログ記事には刺激の強い表現や映像が含まれています。


最近、YouTubeやそれに準じた映像アップロードサイトができたおかげで、
今まで見たこともないカルチャーや、
衝撃的な映像をその気になればたくさん見ることができます。


その上、YouTubeに至っては「こいつはこんな映像が好みらしい」と、
企業の広告をつけて提案してくる始末。

先日、今またアメリカが戦争に突入しようとしているシリアの映像を見ていたところ、
YouTubeがわざわざ「こんなのあるけど」と提示してきた映像に
スゴい映像が混ざっていたので紹介します。

Rage Against the Machine - 民主党党大会・会場外での抗議ライヴ(日本語字幕)



http://youtu.be/CwG5Bc4qP1k


ライブの概要

レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、民主党全国大会会場近くでライヴ決行
http://www.barks.jp/news/?id=52206983




http://youtu.be/ea3O3Ql2D44


彼らの映像は山とあるけれど、
日本語の字幕が付いたものは貴重です。

日本も震災以降、様々な問題に直面(というか表面化)している今、いろいろと考えさせられる映像です。

イベント嫌い 1

  • 2009.10.02 Friday
  • 07:13
仕事上、さまざまなイベントに関わってまいりました。
いまさらながら申し上げますと、僕はイベントに関わることが非常に苦手です。

イベントというのはその事の起こりから、完結までのスピードが非常に速く、僕のチープな脳ミソでは対応しきれずに周りの人に迷惑をかけたりして、後悔することが必ず多々あるからです。
しかしながらなぜ今イベントの仕事に携わっているのか、少々お話しておきたいと思います。


今から5年ほど前、地元のあるイベントにボランティア参加した後の打ち上げで、先輩プロデューサーM氏と散々飲んで気が付けば午前様。住民活動とイベントについての話の流れで、そのM氏はある提案をします。


「福島県の郡山市に行かないか」


酒に溺れ朦朧としながら話を聞いてみると、
1、鶏を飼っている農家のおじいさんである
2、1970年代以降の日本のロック史に多大な影響を与えた人である
3、自分も「おにぎり」と「お味噌汁」の唄を歌っている
4、おじいさんに会うとイベントの概念が変わる


もう何がなんだかわかりません。
鶏とおにぎりとロック?その上に「イベントの概念が変わる」というのはどういうことか。

その当時の僕のイベントに対する概念は
1、ある人間や組織が自分たちの社会的評価を上げるために行うもの

2、「社会のため」、「地域のため」「環境のため」とかいう大義名分のものほど胡散臭い

3、きちんとした目的を達成するために大真面目に行われてきたイベントほど、一見社会的信用を持つ妙な輩が取り付こうとし、多少協力した振りをして自分たちの利益を得るための材料に使おうとする。その結果まじめに取り組んだものほど馬鹿を見る。

4、世の中のイベントは、ほぼそういった「大人の事情」で行われている。

という惨憺たるネガティブなもの。

僕のイベントに対するネガティブなレッテルについては、酒を飲むたびに日本でもイベント業界の第一線を行くM氏にぶつけておりました。

その「概念」が会うだけで変わるという、妙な壷を買うと幸運が舞い込むぐらいのインパクト。普通ならそんな胡散臭い話は丁重にお断りするのですが、何せ自分の飲んだ量もわからないくらいの酔っ払い。「行ってみましょう」と二つ返事をしてしまいました。
当然そのM氏も結構な酔っ払いでしたので、そんな約束は覚えていないと思いきや、ある日「郡山駅で待ち合わせについて」と題されたメールが送られてきます。

こうなるともう行くしか道はない。

「鶏のおじいさん」にお会いする以上、失礼がないように多少は下調べをしておかなければなりません。いまは便利なもので、ちょっと名の知れた人ならすぐにインターネットの情報に引っかかります。

イベント名は「ワンステップフェスティバル」もうこの名前を検索サイトに放り込むだけで、次から次へととんでもないビッグネームが名を連ねます。


「街に緑を!若者に広場を!そして大きな夢を!」



横尾忠則デザインの『ワンステップフェスティバル』のポスター変形B2版。
昨年の三郎さんが行ったイベントのビジュアルデザインを担当したことから、三郎さんの手元に残っていた貴重な一枚をいただいたもの。




1、「鶏のおじいさん」は「ワンステップフェスティバル」の実行委員長で名前は佐藤三郎である。

2、三郎さんは現在、農場を経営している。

3、1974年、日本初の市民参加型野外ロックフェスティバルを行ったパイオニア的イベント

4、そのとき音楽アーティストの出演者交渉は「Mr.ロッケンロー」内田裕也

5、イベントのビジュアルデザインは横尾忠則が担当していた。

6、イベントのフィナーレにオノヨーコまで登場した

もう調べれば、調べるほどヤバソウな雰囲気。
そんな人たちをどうやって招集できたのか。予算準備は?
まだまだとんでもないキーワードが出てきます。
「参加アーティストは全て『ノーギャラ』で出演、協力」
1980年代に流行した「ライブエイド」のようなチャリティフェスティバルなのか。
でもそれなら集客力・集金力の高い東京などの中央都市で行われるはず。それがなぜ東北の、しかも県庁所在地でもないところで行われたのか。
しかもそんな力がある人がなぜ今農業をやっているのか。
謎と緊張は深まる一方です。


そして迎えた8月某日。
朝一番の列車に飛び乗ってから資料を何度も読み返しますが、何を話して良いのやらまったく答えは出ないまま、無常にも郡山に到着。
5分ほど遅刻して着いた僕たちを、待ち合わせたレストランの前で仁王立ちで迎えてくれたのが「鶏のおじいさん」佐藤三郎さんでありました。

(長くなりますので次回に続けます)





佐藤三郎さん(郡山の自宅裏にて)
日課の川沿いのごみ拾いを終えた後の三郎さん。
朝日に向かって立ってもらったために、ちょっと険しい顔になってしまっています。





言葉の定義

  • 2008.05.28 Wednesday
  • 06:13
仕事で新しいクライアントさんとお話しするときにまず行う作業があります。
それは相手の「言葉の定義」を探ることです。
言葉の定義というのは人まちまちで、例えばパンフレットを作るとき、「明るい感じにしてください」といわれても、私の感じる「明るい感じ」とそのクライアントさんの感じる「明るい感じ」がぴったりと合うことはまずなく、そこには必ず「定義のずれ」が生じています。
そこをまず確認しないとこちらが良いと思ってしたことでも、クライアントさんにとっては見当違いで価値のないものが出来上がってしまうことが多いのです。

最近町ではんらんしている言葉にも同じようにズレがあるのではないかと感じるようになりました。
「豊かなくらし」、「幸福」「文化」「伝統」などなど。
何をもってそれらの言葉を定義するかはこれもまた人まちまちです。
一口に「豊か」といっても、お金があれば「豊か」と感じる人もいれば、お金はなくとも時間がゆったりしていることを「豊か」と思う人もいる。
目標が「豊かなくらし」であれば、まず何を持って「豊か」というのかを定義しないといけません。

以前わが町でも偉い人といわれる人に「俺は駅前をきれいにしてやった」と胸を張って言われ、しばし悩んだことがありました。その人の感覚にとっては「きれいで、立派になった」かもしれませんが、私はそう感じることがいまだにできないのです。

確かに莫大なお金をかけ大手術をして整理され、スペースは広がって視覚的には整理されたかもしれません。
でも妙なものやそれっぽく似せたのニセモノが点在し、アウトラインだけ整えるために新しいものをはっ付けたものがはたして本当に「きれい」なのか。

その人の「きれい」という感覚だけでも混乱するのに
増してや「本物の伝統文化の香る豊かな町」なんていわれたら、もう何が何だかわかりません。
まあ胸を張って豪語される実績から察しますに、将来は「ペラペラに薄いもの」が点在する町に住まなければならないのではないかと思っておりますが、そんな未来はちょっと寒いので、自分なりに何かできないかと考え中でございます。